
とまにちわ!
この7月、四谷修道院に修練者が2人やって来ました。
「修練者」という言葉自体、あまり聞き慣れないですよね。
修練者とは、修道会の一員として生きることを目指して、一定期間の修練を受けている人のことです。
……と説明しておきながら、実は私はその2人とまだあまり話せていません。
人見知りだからです!(開き直り)
しかも修道院でマスクをしているのは、おそらく私だけ。
「なんか怖そうな人だな」と思われていないといいのですが(笑)。
そんなことを考えていたら、自分の修練期のことを思い出しました。
私が修練を受けたのは、東京・八王子にあった修練院でした。
修練者は2人。
もう一人は、中学時代の同級生でした。
中学から修道院で共同生活を送っていたので、そのまま一緒に修練期を迎えたことになります。
今思うと、なかなか珍しい学生生活だったかもしれません。
正直に言うと、修練期のことはあまり細かく覚えていないんです。
もちろん何もしなかったわけではありません。
午前中は勉強。
午後は環境整備などの作業です。
草刈りをしたり、木の手入れをしたり、ビニールハウスを建てたりもしました。
今振り返ると、
「これは修練なのか、それとも工事現場なのか」
と思わなくもありません。
ちなみに、修練期は、簡単に言えば「修道生活のお試し期間」……と言うと少し軽すぎるかもしれませんが、自分が本当にこの道を歩むのかを見つめる大切な1年間です。
もちろん、勉強もします。
修道会の歴史や精神を学んだり、祈りや典礼について理解を深めたりします。
一方で、共同生活そのものも修練の大切な一部です。
掃除や食事当番、作業など、毎日の生活を通して学ぶこともたくさんあります。
……とはいえ、修練している本人は、そんなことを考える余裕はあまりありませんでした。
当時の私の頭の中は、「修練って何なんだろう」でいっぱいだったのです。
当時、一番よく思っていたことがあります。
「修練って何なんだろう」
修道生活を学ぶ時間なのは分かります。
でも、何を身につければ「修練を終えた」と言えるのか、当時の私にはよく分かりませんでした。
修練長とは親子ほど年齢が離れていましたし、教わることも、どこか実感が湧かないことがありました。
今なら「あの時間にも意味があったのかな」と思えるのですが、当時はとにかく「よく分からない」という気持ちの方が大きかったように思います。
修練を終えると、「初誓願(しょせいがん)」という誓いを立てて、正式に修道会の一員になります。
私は当然、同級生も一緒に初誓願を迎えるものだと思っていました。
ところが、彼は修練を終えたところで修道会を離れることになりました。
「えっ!」
本当にそんな感じでした。
そして初誓願は、私一人で迎えることになりました。
……ところが、その一年後。
今度は私自身が修道会を離れることになります。
「お前もか!」
と、今なら自分でツッコミを入れたくなります。
人生は、本当に分からないものです。
その後、私は再び修道会へ戻ることになります。
その話を始めると長くなりそうなので、また別の機会に。
修練期を思い返してみると、「よく分からなかった」という記憶が一番残っています。
今でも、あの1年間の意味をきれいに説明できるわけではありません。
でも、よく分からないまま過ごした時間も、今の自分のどこかには残っているのでしょう。
四谷修道院にやって来た2人の修練者も、それぞれのペースで歩んでいくのだと思います。
まずは私から話しかけるところから始めないといけませんね…。