
とまにちわ! とまぴーです。
2月も半ばになりました。
ここ数日は少し暖かい日もあって、「もう春かな」と思ったりします。
そんな時期に迎えた、灰の水曜日です。
ミサでは、額に灰で十字を受けました。
「あなたは塵から来て、塵に帰る存在であることを思いなさい。」
あるいは
「悔い改めて福音を信じなさい。」
少し重たい言葉に聞こえますが、
罰というよりは、一度立ち止まるためのしるしのように感じています。
ところで、この灰。
海外では、そのまま一日過ごす人も多いそうです。
テレビに出演する人が、その十字をつけたまま話していることもあります。

日本では、街中で灰の十字を見かけることはほとんどありません。
もちろん、つけたままでいなければならない決まりがあるわけではありません。
どうするかは自由です。
でも、そのままにして一日を過ごすという選択がある、というのも興味深いなと思います。
ちなみに私は、ミサが終わると、それとなく拭き取ってしまいます。
若いころは、できれば少なめにつけてもらえないかな、と内心思っていたくらいです。
あの十字、少しだけ気恥ずかしいのです。
さて、四旬節ですが、そもそもこの期間はどんな時間なのでしょうか。
四旬節は「40日」と言われます。
けれど実際には、灰の水曜日から数えると46日あります。
ただし、主日はその40日に含めません。
日曜日は常に主の復活を記念する日とされているため、悔い改めの40日の数には入れないという伝統があります。
ですから四旬節は、単なるカレンダー上の数字というよりも、
聖書の中で繰り返し現れる「40」という時間に重ねられています。
荒れ野の40年、洪水の40日、イエスの40日の断食。
その流れの中にある時間です。
そう聞くと、やはり少しまじめな季節のように感じます。
でも、歴史をたどると、少し肩の力の抜けた話もあります。
たとえばドイツの「マウルタッシェ」。
パスタ生地の中に肉を包んだ料理です。

四旬節中は肉を控える伝統がありますが、
「包んでしまえば見えないのでは」と考えた、という説があります。
本当かどうかはともかく、発想としてはなんとも正直です。
修道院のビールも有名です。
断食期間中に栄養を補うために醸造されたビールは、「液体のパン」と呼ばれました。

断食といっても、ただ何も食べないのではなく、
祈りと生活を続けるための工夫があったわけです。
さらに、灰の水曜日の前日には、イギリスなどで「パンケーキ・デー」があります。
卵やバターを使い切るための日です。

こうして見てみると、四旬節は「我慢の季節」というよりも、
それぞれの土地で、それぞれの知恵とともに続いてきた時間なのだと感じます。
灰を受けて少し気恥ずかしくなったり、
食べものの工夫に感心したり、
灰で汚れた祭壇周りを掃除をしながら「ああ、始まったな」と思ったり…。
ということで、無理をしすぎず、でも少しだけ立ち止まりながら、
この四旬節を過ごしていきたいと思います。